聞かなかったから、言わなかった

イタリアの学制は、小学校が5年、中学校が3年、その後は大学進学予定者のみに限られると言ってもいい5年の高等学校と、3年プラス2年の専門高校とに分かれる。大学は昔は5年だったが、今は3年卒業と、プラス2年の合計5年卒業とがある。3年卒業は比較的らくに卒業できるが、

5年卒業のほうはご飯を食べているときと眠っているとき以外は勉強をしていなければならないほど卒業するのが大変で、30歳近くになってやっと、というのも珍しくはない。

日本では大学卒が学士、大学院卒が修士、その上が博士(Dottore:ドットーレ=Doctor)と全て異なるが、イタリアでは大学卒も、博士も、Dottoreである。だから、名刺にDottore(Dott.)という肩書きがついていても博士とはかぎらず、単なる大学卒かもしれない。そこで、通常では大学卒には「卒業した」という意味のLauleato(ラウレアート)という言葉を使っている。

義務教育は中学までで、これは国には教育する義務があると同時に国民には学ぶ義務があるということだから、中学を卒業していないと自分で商売をすることが出来ない。イタリアにももちろん中学の落ちこぼれはいるし、貧しい南部では小学校を出ると同時に働かなければならなかった人たちも少なからずいるから、こういう人たちを対象に8ヶ月で中学のディプロマ(卒業証書)がもらえる夜間中学制度があり、外国人でも無料で学び、ディプロマをもらうことが出来る。とはいってもイタリア語が出来なければ無理だから、その前段階としてやはり無料の6ヶ月のイタリア語教室がある。6年英語を学んでもろくに喋れない日本からみれば、たった6ヶ月でと思うかもしれないが、こちらの教えかただと結構喋れるようになる。夜間中学は仕事場から夕食抜きで直接学校へ来ることになるため、パニーノ(イタリア式サンドイッチ)などを食べながら授業を受けてもかまわない。

夜間中学でも学校である以上試験はあるわけで、これには通常の試験と卒業試験がある。通常の試験は生徒の習得状況を知るためだから学校が行うが、卒業試験は義務教育終了の是非の判定のためだから、公立、私立を問わず学校に権限はなく、行うのはあくまで試験の代行で、採点や面接試問は文部省の地方職員が学校へ来て行うことになる。

で、学校代行の卒業試験についてだが、コモの夜間中学では前後左右の生徒どうしで答えを教え合うといったことが盛大に行われる。もちろん立会いの教師はいるけれども、上の学校に進むわけではないし、入学試験ではないから誰かが被害をこうむるわけでもなく、しかも卒業できればその生徒の未来が開けてくるわけだから、見て見ぬふりをしている。

だが、こうした「心優しい」卒業試験でちょっとしたことがあった。こちらではA4の横罫の入った紙を生徒が持参し、数学でも思考過程を見るために消しゴムで消せないボールペンで答案を書くことになっているが、その用意をしてこなかった中国人の女生徒が、そのことを言ってくれなかった

と、教師に文句を言った。これに対してその教師は、あなたの国では答案用紙を学校が用意して鉛筆で答案を書くかも知れないが、ここはイタリアで中国ではない、学校が用紙を用意するというのはあなたが勝手にそう思っていたことだ、あなたが聞かなかったから、言わなかった、と答えた。

少なくとも僕がいた頃の日本では、こちらが聞かないことまで親切に教えてくれるのが当たり前だった。だが、こちらでは聞いたことだけにしか答えが戻ってこない。しかも、いったんNOとなると、金輪際YESには変らない。そのために郵便局の窓口でも駅の出札口でも、分かりきったようなことでもしつこく聞くことになる。コモの駅の出札口で前に5人いると、待ち時間が15分では少し危ない。