スパゲッティ・ナポリタンは存在しない?

Spaghetti-alla-Chitarra

日本の有名な料理評論家が書いたものに、北イタリアのレストランでスパゲッティを注文したら、スパゲッティが食べたければ南へ行きなさいと言われた、北イタリアでスパゲッティがあるのはツーリスト相手のレストランに限られる、というのがあった。

また、スパゲッティ・ナポリタンは日本のもので、イタリアのレストランのメニューには存在しないという記述もよく目にすることである。

スパゲッティは1,200代終盤にマルコ・ポーロが中国から持ち帰った中華そばがもとという説があるが、これは俗説で、西暦700年代にはすでに何種類かのパスタが作られ、ナポリには細く長い麺があったし、さらに大幅にさかのぼると、ローマの北西40kmのチェルヴェーテリにあるエトルリア人の紀元前4世紀の墓からスパゲッティ状のものが発見されている。

今のスパゲッティは断面が丸いのが普通だが、これはパスタを練り出す機械の穴が丸いからで、こうした機械が開発される前のスパゲッティは薄く延したパスタを手打ち蕎麦のように手で切っていたから、断面は四角だったはずである。ちょっと面白いものにスパゲッティ・アラ・キターラ、

Spaghetti alla Chitarra

スパゲッティ・アラ・キターラ。この器具はなかなかお目にかかれないが、青空市で見つけて買った。
手打ちスパゲッティの伝統的な配合は、
小麦粉100g、卵1個、オリーブ油10~15gで、水は調節用。

すなわちギターによるスパゲッティというのがあり、これは四角い木枠に3~4mm間隔で張リめぐらした細い針金の上に延したパスタを置いて麺棒を転がして切断するもので、断面は当然四角くなる。しかし、断面が四角く細いパスタにはタリオリーニ(細く切ったという意味)というものがあり、ではこれとスパゲッティ・アラ・キターラとがどう違うかとなると、作る過程と名前が違うだけで実質は変わらず、機械作りになる前のスパゲッティについても同様である。また、パスタについての解説などに、タリオリーニを卵入りのパスタとあったりするが、伝統的なスパゲッティも卵を使い、小麦粉100g、卵1個、オリーブ油10~15gあたりが標準的な配合で、原則として水は使わない。形状と内容は同じでも地方によって異なった名前がつけられ、それが全国に広がって別のものとして扱われているといったことなのではないかと思う。

で、もとに戻って「スパゲッティが食べたければ南へ行きなさい」についてだが、この評論家氏が行ったレストランのメニューにたまたまスパゲッティがなく、店が冗談か、からかって言った言葉を真に受けてしまったのだろう。また、「北イタリアでスパゲッティがあるのはツーリスト相手のレストランに限られる」も、どこで確かめたのかは知らないが、ツーリストはまず来ない地元相手のレストランでもスパゲッティが食べられる店はいくらでもある。日本で言うマカロニ・ウエスタンをイタリアではスパゲッティ・ウエスタンと言うほどのもので、北から南までイタリア人にとってのスパゲッティは命の源と言ってもよい。だからメニューに入れている店と、家庭料理とレストラン料理とのあいだに一線を引いて、家庭で食べているからメニューに入れていない店といった考え方の違いはある。ちなみにイタリア人が日常食べているパスタはスパゲッティが30.5%、次が両端を斜めに切った長さ4~5cmの筒状のパスタ:ペンネで25.8%である。

スパゲッティ・ナポリタンについては、確かに存在しない。ナポリタンは英語のNeapolitan(ニアポリタン:ナポリの、ナポリ人のという形容詞)がつまって出来た英語風日本語で、それをイタリア語風に名詞の後にもってきたものだから、Spaghetti Napolitanとローマ字になってもメニューに無いのは当然である。だが、Spaghetti alla Napoletana(スパゲッティ・アラ・ナポレターナ:ナポリ流スパゲッティ)という料理はある。もっとも、その調理法は調理人によって異なるし、ケチャップを使った日本のスパゲッティ・ナポリタンとはまったく別物だが…。